ソフトマテリアルの物理学的な普遍性と系に依存する多様性に魅せられて
東海大学
理学部物理学科 教授
東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター 所長
喜多 理王
(2020年2月6日掲載, 聞き手 高橋・毛利)インタビュー喜多理王.pdf
―これまでの研究内容を教えてください。
私のこれまでの研究を大別すると、
①高分子溶液の相平衡と相分離ダイナミクスに関する研究
②血液レオロジーおよび血漿タンパク質のゲル化現象の解析
③高分子のキャラクタリゼーション(熱平衡状態の分子物性研究)
④高分子の非平衡現象における不可逆的輸送現象の解析
⑤ソフトマテリアルの分子ダイナミクス解析
などとなるでしょうか。一言でいうと、「やわらかい物質の分子レベルでの性質を調べる」、ということです。
2005年に東海大学に入職してから現在まで、物理学科の八木原晋教授、新屋敷直木教授と誘電分光グループの一員としてソフトマテリアルの分子ダイナミクス研究を行っています。水を含むソフトマテリアル(合成高分子[文献1-7]、ゲル[文献8-11]、生体高分子など[文献12-16]、低分子混合溶液[文献17-19]、高分子超薄膜分散液の分子物性研究を行ってきました。手法は、レーザ干渉法、光散乱法、小角X線散乱法、熱分析、粘弾性測定、広帯域誘電分光法など、さまざまな手法を用いています。
物理学の対象としては複雑なシステムである多糖や核酸、タンパク質など生体高分子の構造と機能に関する基礎研究を、高分子物理学の手法や方法論を積極的に取り入れています。さらに物理学としてはかなり挑戦的になりますが、受精卵の発生分化過程への物理学的刺激の影響を調べる研究、汚染水処理法の開発、廃棄物リサイクルなどソフトマテルの基礎研究の知見をベースに、分子生物学的な研究や産業応用を目指す研究も行っています。最近は、マイクロ・ナノ研究開発センターの先生方と協力して文理融合研究に注力し、その成果を教育へ還元したいと考えています。
-マイクロ・ナノ研究開発センターでの活動について教えてください
2014年から、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「高分子超薄膜から創成する次世代医用技術」(東海大学 5年間)の採択を受けて、「マイクロ・ナノ研究開発センター」の設立と運営に携わり、東海大学の各学科各学部の先生達との共同研究を行ってきました。多くの出会いがあり、分野の枠を超えた共同研究の難しさを知るとともに、その有効性や成功したときのインパクトを経験することが出来ました。さまざまな専門の先生方とコミュケーションを取ると、新しい気付きがたくさんあり、またたいへん勉強になります。時には難しくてついていけないこともあるのですが、それ自体が面白さでもあると感じられるようになりました。
―ベンチャー企業の代表をされているとうかがいました。
先にのべた私大戦略事業「高分子超薄膜から創成する次世代医用技術」の成果を社会還元するために設立した東海大学発ベンチャー企業があります。医理工連携の体制で基礎から応用研究までを実施してきたマイクロ・ナノ研究開発センターの成果の中に、高分子超薄膜のイメージングツールへの応用があります。これは応用化学科の岡村先生が開発されたものですが、その引き合いの多さから、世界中の研究者にとって新たな研究用ツールとして役に立つに違いないと思ったのです。
株式会社チューンという社名です。役員は私大戦略事業を一緒に行った8名の教員です。光学顕微鏡観察をしている学生の皆さん、先生方、チェックしてみてください。
株式会社チューン: http://www.tune-tech.co.jp/
-社会に役立つイノベーションとは。
イノベーションを語れるほどの経験はありませんが、他分野の研究者とブレインストーミングすることで気づかされることが本当に沢山あります。そこから立ち上げる共同研究テーマは、その遂行は簡単ではありませんがやりがいはあります。その過程でビジネスマインドというか、自分がこれまでは気づいてはいなかったけれども、世の中で困っている課題を解決できるということに気づくことができれば、それが実際に世間の役に立ちまた同時に産業振興に繋がる可能性があるわけです。そういった意味では、産業界とも密接に連携する必要性があり、それを実践する勇気を持つことが大切だと感じています。長く基礎研究ばかりやってきましたし、基礎研究はもちろんおろそかにしてはいけませんが、マイクロ・ナノ研究開発センターでは、産官学連携の機会が多々あることから多くの方とWIN-WINの関係を築きながらイノベーションを創出していきたいです。
-学生の皆さんへメッセージをお願いします。
東海大学は、昨今の世界的な大学ランキングで、日本の私立大学で3~7位に位置づけられることが多く、これはすごいことだと思います。様々な指標によってランキングされるのでばらつきはありますが、国内約800ある私立大学の中で一桁をキープしています。研究活動が活発なことも要因の一つに違いありません。こういった優れた研究環境や教授陣と一緒に研究できる機会を有効に活用して、自身の成長につなげて欲しいと思います。
東海大学理学部物理学科
教授 喜多 理王 (きた りお)
1999年群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。理化学研究所 基礎化学特別研究員、ドイツ マックス・プランク研究所(高分子) グループリーダーを経て、2005年東海大学理学部物理学科講師。2008年准教授、2014年より現職。Colloid and Polymer Science誌副編集長。日本バイオレオロジー学会理事。高分子物理、熱力学、溶液論を専門とし、ソフトマテリアルを対象に平衡および非平衡状態での物性研究に従事
東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター所長を兼務。東海大学発ベンチャー企業「株式会社チューン」代表取締役社長。
Researchmap: https://researchmap.jp/read0122295/?lang=japanese
Scopus Author ID: https://www.scopus.com/authid/detail.uri?authorId=7006395467
最近の主な公刊論文など
- K. Sasaki, M. Takatsuka, R. Kita, N. Shinyashiki and S. Yagihara, “Enthalpy and Dielectric Relaxation of Poly(vinyl methyl ether)”, Macromolecules 51, 5806-5811 (2018). doi.org/10.1021/acs.macromol.8b00780 PDF(関係者のみ)
- T. Fukai, N. Shinyashiki, S. Yagihara, R. Kita and F. Tanaka, “Phase Behavior of Co-Nonsolvent Systems: Poly(N-isopropylacrylamide) in Mixed Solvents of Water and Methanol”, Langmuir 34, 3003-3009 (2018). https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.7b03815 PDF(関係者のみ)
- H. Saito, S. Kato, K. Matsumoto, Y. Umino, R. Kita, N. Shinyashiki, S. Yagihara, M. Fukuzaki and M. Tokita, “Dynamic Behaviors of Solvent Molecules Restricted in Poly (Acryl Amide) Gels Analyzed by Dielectric and Diffusion NMR Spectroscopy”, Gels 4, 56 (2018). doi.org/10.3390/gels4030056 PDF
- S. Yagihara, R. Kita, N. Shinyashiki, M. Fukuzaki, K. Shoji, T. Saito, T. Aoyama, K. Matsumoto, H. Masuda, T. Kawaguchi, H. Saito, Y. Maruyama, S. Hiraiwa and K. Asami, “Physical Meanings of Fractal Behaviors of Water in Aqueous and Biological Systems”, presented at the 2018 12th International Conference on Electromagnetic Wave Interaction with Water and Moist Substances, ISEMA 2018, 2018.doi.org/10.1109/ISEMA.2018.8442299 PDF(関係者のみ)
- K. Sasaki, Y. Matsui, M. Miyara, R. Kita, N. Shinyashiki and S. Yagihara, “Glass transition and dynamics of the polymer and water in the poly(vinylpyrrolidone)-water mixtures studied by dielectric relaxation spectroscopy”, Journal of Physical Chemistry B 120, 6882-6889 (2016).https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.6b05347 PDF(関係者のみ)
- K. Sasaki, R. Kita, N. Shinyashiki and S. Yagihara, “Dielectric Relaxation Time of Ice-Ih with different preparation”, Journal of Physical Chemistry B 120, 3950-3953 (2016). https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.6b01218 PDF(関係者のみ)
- 【特許】喜多理王、木村啓志、諸星和、水素同位体を含む水の分離方法、特願2016-109028.
- T. Yasuda, K. Sasaki, R. Kita, N. Shinyashiki and S. Yagihara, “Dielectric Relaxation of Ice in Gelatin-Water Mixtures”, Journal of Physical Chemistry B 121, 2896-2901 (2017).https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.7b00149 PDF(関係者のみ)
- T. Kawaguchi, R. Kita, N. Shinyashiki, S. Yagihara and M. Fukuzaki, “Physical properties of tofu gel probed by water translational/rotational dynamics”, Food Hydrocolloids 77, 474-481 (2018). https://doi.org/10.1016/j.foodhyd.2017.10.025 PDF(関係者のみ)
- K. Sasaki, A. Panagopoulou, R. Kita, N. Shinyashiki, S. Yagihara, A. Kyritsis and P. Pissis, “Dynamics of Uncrystallized Water, Ice, and Hydrated Protein in Partially Crystallized Gelatin-Water Mixtures Studied by Broadband Dielectric Spectroscopy”, Journal of Physical Chemistry B 121, 265-272 (2017). https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.6b04756 PDF(関係者のみ)
- K. Sasaki, R. Kita, N. Shinyashiki, and S. Yagihara, “Glass transition of partially crystallized gelatin-water mixtures studied by broadband dielectric spectroscopy”, J. Chem. Phys. 140, 124506 (2014).
- Dueramae, M. Yoneyama, N. Shinyashiki, S. Yagihara and R. Kita, “The effect of hydrophobicity using optical beam deflection technique”, International Journal of Heat and Mass Transfer 132, 997-1003 (2019). doi.org/10.1016/j.ijheatmasstransfer.2018.12.054 PDF(関係者のみ)
- J. Sakamoto, R. Kita, I. Duelamae, M. Kunitake, M. Hirano, D. Yoshihara, T. Yamamoto, T. Noguchi, B. Roy and S. Shinkai, “Cohelical Crossover Network by Supramolecular Polymerization of a 4,6-Acetalized beta-1,3-Glucan Macromer”, Acs Macro Letters 6, 21-26 (2017). https://doi.org/10.1021/acsmacrolett.6b00706 PDF(関係者のみ)
- D. Niether, T. Kawaguchi, J. Hovancová, K. Eguchi, J. K. G. Dhont, R. Kita and S. Wiegand, “Role of Hydrogen Bonding of Cyclodextrin–Drug Complexes Probed by Thermodiffusion”, Langmuir 33, 8483-8492 (2017). https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.7b02313 PDF(関係者のみ)
- I. Dueramae, M. Yoneyama, N. Shinyashiki, S. Yagihara and R. Kita, “Self-assembly of acetylated dextran with various acetylation degrees in aqueous solutions: Studied by light scattering”, Carbohydrate Polymers 159, 171-177 (2017). Ibid 161, 306 (2017). https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2017.01.042 PDF(関係者のみ)
- 【著書】R. Kita and T. Dobashi, Eds., “Nano/Micro Science and Technology in Biorheology: Principles, Methods, and Applications” (2015) Springer, NY.
- K. Eguchi, D. Niether, S. Wiegand and R. Kita, “Thermophoresis of cyclic oligosaccharides in polar solvents”, European Physical Journal E 39, 86-1 – 86-8 (2016).https://doi.org/10.1140/epje/i2016-16086-5 PDF(関係者のみ)
- K. Maeda, N. Shinyashiki, S. Yagihara, S. Wiegand, and R. Kita, “Ludwig-Soret effect of aqueous solutions of ethylene glycol oligomers, crown ethers, and glycerol: Temperature, molecular weight, and hydrogen bond effect”, J. Chem. Phys. 143, 124504-1 ~ 124504-7 (2015). https://doi.org/10.1063/1.4931115 PDF(関係者のみ)
- K. Maeda, N. Shinyashiki, S. Yagihara, S. Wiegand, and R. Kita, “How does thermodiffusion of aqueous solutions depend on concentration and hydrophobicity?”, Eur. Phys. J. E 37, 94-100 (2014).